惣門は通常は閉鎖されており、境内の拝観は通用門から入る。山門は寛永20年(1643)に徳川頼房の長子の讃岐高松藩主松平頼重が建立し、後水尾上皇宸筆の「英勝寺」の扁額を掲げてあったが関東大震災で倒壊してしまった。解体されたままの山門は、県指定文化財として再建されることになっているという。
仏殿は、寛永13年(1636)の建造で、曼殊院良恕法親王の「寶珠殿」の扁額があり、軒下の蟇股には十二支が刻まれている。裳腰と呼ばれる二層の屋根があり、徳川家の三つ葉葵の紋が輝やいている。内部には、三代将軍徳川家光寄進による運慶作の阿弥陀如来、向かって右の観音菩薩と左の勢至菩薩の三尊像が安置され、天井とその周辺には、極楽を思わせる華麗な装飾が見られ、水戸徳川家の三つ葉葵や太田家の桔梗の紋、鳳凰の絵などが格式の高い尼寺の姿を伝えている。なお、現在の仏殿の梁牌には、「寛永20年に徳川頼房が建立した」との銘があるので、その時に改築されたようである。
鐘楼は袴腰付きの優雅な楼閣形式で、寛永20年(1643)43)の建立。 梵鐘には銘文が刻まれてあり、その末尾に「寛永二十年五月吉日 法印林道春撰 治工大河四郎左衛門吉忠」と記されており、今もその音を伝えている。
本堂脇の唐門は寛永年間の建立で、欄間にぼたんの彫り物などがある。内部が非公開で寛永19年(1642)に没した英勝院を祀る祠堂(霊屋ー金箔が施された位牌が祀られてあるという)は、室町末期桃山風の装飾が施されている。唐破風の平唐門をくぐり、一段と高い山麓に三間堂の祠堂(廟・水戸光圀建立)が建っている。
鎌倉市指定の天然記念物「ワビスケ」が有名で、垂れ桜、梅、ミツマタ、ツツジ、彼岸花、萩、ヤブツバキなど四季折々の花がある。中庭には、見事な竹林があり、その中を巡回することが出来る。
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