今日でも古典派経済学は生きており、古典として或いは現代を考え直す契機として重要であることは言うまでもありません。困ったときには古典に帰れ、とよく言われますが、経済学の分野でも変わりはありません。ここでは古典派経済学をJ.S.ミルまでといたしましょう(ケインズはA.マーシャルまでとしております)。ミルの『経済学原理』の刊行は1848年(マーシャルのそれは1890年)です。一口に古典派といっても、時代、場所、多彩な学者の説はさまざまですので、それを巧みにまとめたエミール・ジャムの『経済思想史』に依拠します。ジャムは古典主義的概念のうち当時の論者たちの眼に重要と思われた項目を、6点ほど挙げていますが、さらに簡略して以下に記しましょう。
(1)人間の活動の動機が平凡であった。人間は個人的利益の追求によって行動するものと仮定した。20世紀初頭にその他の論者は、もっと利害にとらわれない非合理的な人間の動機をとり入れるようになった。
(2)「時間」の要因を無視した。古典派は、均衡を即時的と仮定していた。労働力や資本の移動には時間が必要であるのに、その研究は不十分であった。そのため資本の蓄積や経済構造の変化というような重要な要因を十分に考慮に入れなかった。
(3)古典派は制度の進歩を十分に研究しなかった。人間の意志については注意を払っていたが。
(4)人間が諸々の国民に結集しているという事実を十分に考慮していなかった。したがって、国民感情や社会階級といった重要性や閉鎖性などをほとんど認識していなかった。
(5)古典派は自らのなかに対立した意見の不一致をもっていた。例えば、価値を効用か生産費か、また利子は資本の生産性によって説明できるのか節約として捉えるのか、等々。貨幣ほど中性的なものはないという説などその典型であった。
(6)古典主義者たちは、自分たちが分析した世界は、改革可能なものであるのか、について解決を見得なかった。そして貧困の問題についても。
このような問題点を抱えながら、経済学は次世代(19世紀後半から20世紀)に引き継がれたのでありました。例えば、歴史学派、マルクス経済学、新古典主義経済学、限界主義学派、ケインズ学派などなどです。