かつて「ケインズ革命」といわれ、経済学者は誰でもケインジアンであるとまで一世を風靡したJ.M..ケインズでしたが、今日ケインズのケの字も見られないのは一体どうしてなのでしょう。不況に強いケインズ政策が今日まで長く続くわが国の不況に対して政策の処方箋はおろか全くといってもいいほど顧みられない最大の理由は、ケインズ流の大規模な公共事業支出による景気浮揚策が、財政赤字の巨大化の今日適用されえない、それどころか政策当局も与党・野党を問わず小さな政府を標榜しているからでしょう。また主流派経済学もケインズに反して市場中心主義の思想をとり政府の介入を極力避ける流れとなっています。
しかし、ケインズの思想はそう簡単に捨てられたものではないと「ハテナ」は思っています。ディラードの次の解説は、含蓄あるケインズの哲学を今に残していると思われます。
ケインズはインフレーションにもデフレーションにも反対したけれども、「貧困化した世界では、金利生活者を失望させることより失業を惹き起こすことの方が一層悪いことである」から、適当なインフレーションは比較的害が少ないものとみなしている。過去においては常に物価は長期的上昇(インフレーション)に向かう趨勢にあった。そしてこのことは良い結果となった。なんとなれば「貨幣の減価は新人を助け彼等を死の手から解放した。古い富の犠牲において新しい富に利益を与えた。蓄積資本に対して新企業を武装させた。・・・それは昔獲得した富の固定した分配を弛緩させる影響を与えるものであった。・・・この手段によって各時代はその先祖の相続人の財産権を一部剥奪することができたのである。」 ところが、デフレーションは「過去の死の手」をして富を生産する企業家を阻害せしめる。ケインズはいう、もしイギリスがデフレーション政策を引きつづいて抱懐していくならば、金利利得者階級の手中に入る国民所得の割合はますます大きくなってゆくだろう。生産階級の肩にかかってくる負担は耐え難いものとなるであろう。そしてその結果は社会全体の福利にとっては有害なものとなるであろう。