前夜からの続き

第321夜から第325夜まで

第321夜 - サッチャーが首相官邸に入るとき

1979年5月3日、サッチャー保守党党首が首相になって、初めてダウニング街10番地の首相官邸に入るとき、次の言葉をくちずさんだ、と伝えられています。

不一致あるところに調和を
誤りあるところに真実を
疑いあるところに信念を
絶望あるところに希望を
もたらし給え

これは中世の聖人、聖フランシスの言葉なんだそうであります。いい銘言ですね。

(黒岩徹『豊かなイギリス人』ゆとりと反競争の世界より引用しました)

第322夜 - 秀吉の洞察

織田信長論が盛んですが、「ハテナ」には次の言葉が脳裏に残っています。それは遠藤周作の小説『反逆』のなかにあります。もちろん小説家周作のイメージではありますが、その箇所を引用しますと次のとおりです。

村重反乱の知らせに、秀吉は何くわぬ顔をして座を立った。そのため彼の心中に気づく者はない。
(村重、早まてり)
彼は、あの男は生きる智慧(ちえ)が不足している。耐えることを知らない、と心のなかで呟いた。
この二十五年間、秀吉は信長の天才に舌をまきながらも、あまりに性急な革新政治と苛酷な敵への扱いかた、家臣の使いかたをつぶさに見つづけてきた。見つづけて安国寺恵瓊(
えけい)の言った「いずれ高転びして、仰向けに倒れる」とおなじ気持を抱くに至っている。
(内府さまの敵は外にはない。お心のなかにある)
それが秀吉の結論だった。

(参照:遠藤周作『反逆』上 講談社文庫 p.223-224より)

第323夜 -資本主義のゆくえ

経済学が示す今後の資本主義はどうなるか?という観点にある共通点が存するのを不思議に思うのが「ハテナ」です。それは何かといいますと、資本主義は長期的には終極を迎えると殆どの経済学者が考えるか、あるいはそのことを無視していることです。
例えば、アダム・スミスは富の蓄積が十分な豊かさに達した後は、長期の後退がつづき、お仕舞には定常状態になると見ています。リカードやミルもまた定常状態の到来を予想しています。マルクスはもちろん悪化する資本主義の一連の危機を予想し、その内容矛盾を資本主義的システムでは扱いきれないと批判しました。ケインズもやはり投資の社会化を考えましたし、シュンペーターに至っては資本主義は発展するがゆえに破滅するとの逆説を述べたことで有名です。現代の主流派と言われる一般均衡論者は、資本主義の将来についての関心は余り持たないようで、もっぱらモデル構築に専念し、資本主義の運命や歴史的特性についてはきわめて中立的な姿勢を保つのみなのです。そのような中立的な態度でいることは将来にとってよくないと指摘するのは、ハイルブローナーです。

(参考:ロバート・L・ハイルブローナー『隠された経済思想』資本主義の本質を求めて)

第324夜 - 世紀末

100年ごとに繰り返す世紀は単なる機械的な区切りのように見えるかもしれません。しかし、「ハテナ」には世紀末といえば、どうしてか19世紀末を考えてしまうのです。ウィーンの世紀末がそうであり、イギリスではヴィクトリア朝の世紀末を連想します(ヴィクトリア女王が亡くなったのは1901年です。因みに生まれたのは1819年で18歳のとき即位しましたから19世紀の大半を生きていたことになります)。その訳はどこにあるのでしょうか?結局、「世紀末」とは、デカタンスつまり腐敗という連想に結びついていると思われるからでしょう。1851年に開催された大英博覧会では「進歩」が一つのキーワードでした。ところが、19世紀のおわりには、「万事を薔薇色の光で見ながら、万事を内密に物語る」(カール・ユングの言葉)傾向を持ち始め、「人間の心理のなかにありそうな暗黒面」がさらけだされていくのです。その代表者はなんといってもフロイトとニーチェでありました。

第325夜 - ピュリツァー賞のいわれ

1890年に20階建てのビルが完成し、ピュリツァー・ビルと命名されました。このビルが建つ謂れは、ピュリツァーという一人の男でした。その場所に以前はフレンチス・ホテルがあり、南北戦争の復員兵で無職だったピュリツァーは、たまの贅沢を味わうためにホテルに出向いて靴を磨かせていました。するとホテルのボーイは彼に向かって、すりきれた軍服でうろつかれると、ホテルの豪華な雰囲気が損なわれ、お客が嫌がるのでもう出入りしないでくれと言いました。自尊心を傷つけられたピュリツァーは、自分の名を付けたビルをこの地に建てると誓い完成したものです。定礎式で彼は、次のようなメッセージを残しています。メディアの権力や横暴の行き渡る今日、改めて原点に帰る意味で引用してみましょう。

「こいねがわくば神よ。この建物をして、ただ単にニュースを印刷するだけでは満足しない新聞ー永久にあらゆる悪と戦い、永久に自立を失わず、永久に啓蒙と進歩を促進し、永久に真の民主主義精神と結びつき、永久に道義の力たらんことを願い、公共の機関として、より高い完成の域に達しようと心がける新聞の、永住できる場所となしたまえ。こいねがわくば神よ。『ワールド』をして、永久に最高の理想を目指し、毎日の学舎たると同時に毎日の論壇たり、毎日の教師たると同時に毎日の裁判官たり、正義を行う機関、犯罪を戦慄させる存在、教育に役立つもの、真のアメリカ主義の推進者たらしまたまえ」

メディア界の最高の栄誉たるピュリツァ賞の原点はここにあったということを記憶しておきたいものです。

(参考:浜野保樹『メディアの世紀』アメリカ神話の創造者たち、より)

第326夜から第330夜までへ

経済学物語へ戻る