ウォルター・バジョット(W.Bagehot)の古典的名著『ロンバード街』(LOMBARD STREET)は、1873年に刊行され、その中には珠玉の名言で飾られた箴言が随所にちりばめられ、かつ今日にも通用する金融の原理が込められています。そのなかから現代になお通用すると思われる名句を何夜かにわたって紹介いたしましょう。なお宇野弘蔵氏の訳(岩波文庫)は大分古くなりましたので拙訳で掲げました。
イギリス商品の評判を傷つける理由を詳しく調べてみると、それは自分自身の金はほとんど持たず、銀行の’割引’によって借り入れた新規参入者の責任であることが明らかである。
When we scrutinise the reason of the impaired reputation of English goods, we find it is the fault of new men with little money of their own, created by bank 'discounts'.
ここでバジョットの使う new men (新規参入者)の意味は、必ずしも明確には定義づけられていませんが、「ハテナ」の解釈は次のとおりです。シティが拡大するにつれ、自己資本を持たない新規参入者(new men)が借入資本を容易に用いて市場に現れる理由をバジョットはやや詳細に例示しています。要約すれば以下のとおり、新参の商人は旧来の商人に比し、借入により、自己資本利益率をはるかに高め旧来の商人を駆逐することになります。
(事例)
|
自己資本
|
利潤率
|
計上しうる利潤
|
旧来の商人
|
50,000ポンド
|
10 % |
5,000ポンド |
|
|
|
|
新参の商人
|
10,000ポンド |
10% |
1,000ポンド |
|
借入れ利率 |
5% |
△2,000ポンド |
|
借入金40,000ポンド |
10% |
4,000ポンド |
すなわち、新参の商人の、計上しうる利潤は、1,000-2,000+4,000=3,000ポンドとなり、自己資本10,000ポンドに対する利潤率は30%になります。(旧来の商人の自己資本利潤率は10%)
バジョットは、どちらかというと、旧来の商人貴族(merchant princes)の洞察と熱情とに郷愁を抱いていましたから、このような new men には必ずしも共感をいだいていない、といえます。ところが、この new men を激賞する論者も現れます。ロイ・C・スミスは、その著『カムバック』で、バジョットの new men を高く評価して次のように言います。
・・・・・・1873年に、エコノミストの編集長であったバジョットは、彼ら(起業家達=entrepreneurs)を”新しい人”("New Men" of capital)として描いた。彼らは成功する機会や名声を得る機会があれば直ちに現われる。バジョットは”新しい人”という言葉を、勇敢な若者が危険回避的な”古い資本家”("old capitalists")に対抗して、いかに市場取引に入り、進んで多額の借入をなし、結局は古い資本家を隠退に追い込んでしまうかを説明するのに用いた。
しかしながら、バジョットは、後代のシュンペーター的な意味での起業家(entrepreneurs)として new men を描いてはいません。ロイ・C・スミスのバジョットへの入れ込み過ぎと言うべきでしょうか。因みに今日あれほど騒がれているホリエモンなどは new men として評価されるものでしょうか?
|