前に紹介しましたバジョットは、さまざまな名句、箴言でもって知られる名文家でありました。バジョットはマルサスについても次のようなユニークな評言をしています。
初版の『人口論』は論争に終止符を打つものだったが、事実に基づいていなかった。第二版は事実に基づいていたが、論争を終わらせる力はなかった。
として、マルサスには霧がかかっている、と述べます。或いは次のような表現もなされています。
(マルサスの)諸事実には憶測の霧がかかっており、彼の諸理論には事実の蒸気がかかっている。
これには少しばかり説明が要りますね。例の『人口論』の初版では、人口の幾何級数的増加に食料の算術数的増加が追いつかないという衝撃的な論調でデビューしましたが、この論文の断言口調にマルサス自身もまずいと感じていました。そこで1803年に第二版を出しその口調を和らげました。人口増加が生活水準上昇の難敵であることに変わりはありませんでしたが、新たに生まれた子供が労働の供給を増やして賃金が下がるまでには時間がかかる、としたり、実質賃金の決定には慣習が伴うとか晩婚を奨励するようになりました。この論調の変化をバジョットは上のように表したのでした。
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