前夜でのジャコビーの言う雇用の内部化とは、見方を換えれば、アザリアデスの言う暗黙の契約理論(implicit contract theory)に通ずるものがあります。
アザリアデスはまず初めにアローの言葉を借りて次のように問い掛けます。
不可解なのは、何故雇主は賃金をひきさげないのか (One of the mysterious things is why 〔the employers〕 do not cut wages)
と。
競争的な賃金の理論は、不必要となった労働者を解雇するのが通常であるはずですね。ところが、通常の生産物市場と違って労働市場は、特に労働資源に備わる属性は、競争市場による競売人モデルからは導き出せない特性であり、このことから多くの議論が生まれ、特に労働資源の移動の制限及び不確実性下での人的資本を多様化することの困難性に遭遇するのです。アザリアデスはこんなふうに述べます。「不確実性下において、労働の供給は、新鮮な果実が売られるのと全く同じやり方で競売にかけて売り払われるのではない」と。
雇主にとっては危険中立的(risk-neutral)、被雇用者にとっては危険回避的(risk-averse)な、夫々の立場から雇主と被雇用者との間に、雇用契約における暗黙の契約の生まれる要因が見出されるのです。すなわち、雇主は自己の損失を負ってまで雇用を維持しようとはしないが、そうかといって景気の変動によって解雇したり再雇用したりすることは、費用の点や人材確保の見地から必ずしもこれを好みません。
一方、被雇用者にとっても短期に労働条件が変化し一時的に有利な条件が示されたとしても、それよりも長期的に安定した雇用条件のほうを好むのです。ここに双方にとって暗黙の合意が得られる条件が見出せるのです。アザリアデスは、これを暗黙の労働契約(implicit labor contract)と呼びました。
この点は先のジャコビーの議論に通ずるものがある、と「ハテナ」は考えます。つまり、福祉国家の成立及び発展の条件は、国家が外生的に与える諸制度の構築や社会資本の充実にあることは言うまでもありませんが、ジャコビーの提起した雇用の内部化は、何よりも雇用主と被雇用者の合意の下における内生的な要因にもとづく福祉の向上にもかかわってくるのではないでしょうか。
(参考: Sanford M.Jacoby, Are Career Jobs Headed for Extinction? California
Management Review, Vol.42. No.1. Fall 1999.
Sherwin Rosen ed., (1994), Costa Azariadis (1975), Implicit Contracts and
Underemployment Equilibria, Impact Contract Theory.