前夜からの続き

第436夜から第440夜まで

第436夜 - 中国市場経済発展の限界

今後の中国経済発展の限界となりそうな点を列挙しますと、以下のことが考えられます。
@ 比較優位論の限界
 中国が市場経済を導入して労働集約的財を輸出し、海外から生産財を輸入すれば良いという単純な比較優位論には問題がありそうです。むしろ資本集約的生産財を育成することのほうが十分な理由があるといえましょう。日本の重工業がそうであったように、もし比較優位論に従っていたらその発展はあり得なかったからです。したがって市場経済導入=比較優位論によるキャッチアップには限界があるでしょう。
A 成長と効率
 一方、重工業部門へ多く投資しても全体の成長率には効果がなく、過大な投資率がむしろ成長にマイナスの働きをした、というのが中国の抱える悩みでしょう。本来は社会主義経済体制の優越性を表わす投資が、経済的非効率性をもたらすところに構造的な問題があるといえるかもしれません。
B 過剰労働力の存在
 成長の構造を、外延的ないし粗放的成長(extensive growth)から内包的ないしは集約的成長(intensive growth)への転換と捉える観点があります。この見方をとると、アジアの経済成長は外延的なものであり、いずれ行き詰まると言う人もいます。例えばクルーグマンがその一人です(『アジア経済のまぼろし』)。後に触れますようにこれは中国沿岸部と内陸部の格差問題に関わってくる問題です。
C 所得格差
 中国は80省、2,300の県を有する大国であり、市場経済導入に伴って、所得格差は拡大するばかりになっています。毛沢東型の「平等主義」から
ケ小平型の「先富論」(不平等主義)への理念転換がそれを一層拡大したといえます。また、失業問題の深刻化は中国経済の最大の難問の一つで、市場化のもたらした「鬼子」とも言われています。
D 時期尚早の自由化政策と制度インフラの未整備
 アジア経済危機についてよく耳にするワシントン・コンセンサスが得られないという問題は、スティグリッツによって問題提起されました。これはワシントンにある米国の財務省や国務省、IMFや世界銀行などの国際機関に共通している一連の政策パッケージとの不一致によるものですが、この現象はいわゆる非協力ゲームの一例として「悪い均衡」をもたらします。アジア経済危機における短期資金の一斉の引き上げがその典型例です。したがって、中国の開発は無理な急進主義を排し、漸進的に行うべきと考えられるのです。
それでは漸進的に進めるべきとは具体的にどのようなことなのか、これは次夜のお話しになります。

第437夜 - 中国における漸進主義的コーポレートガバナンス

確かに中国の対外開放は著しく市場経済化を招き、それによって経済の活性化、文化の交流を招いたことは事実でしょう。シンセンを初めとする 3つの経済特区、沿岸部18の都市に設けた経済技術開発区は外資に対してさまざまな特権を付与した特別地域であります。しかし、これらの外資(FDI=foreign direct investment)は、中国の低賃金と国内市場への期待とにありました。だが、中国側から見れば、外資による貢献は、
@ 国内産業に対する波及効果が限られている。
A 技術移転に役立ってはいない。
ことが指摘されています。しかも一見どれほど対外開放が華やかに見えようとも中国13億人の一部でしかありません。中国の対外開放は自由貿易ではなく開発主義の一環なのです。とするならば中国体制移行のあり方は、漸進主義的アプローチに求めること、でしょう。中兼氏は、マレル(P.Murrel)より以下の図式を引いて、中国は漸進主義をとったと述べています。

 
漸進主義的アプローチ
急進的アプローチ
ヴィジョン 現在の必要に対するプラグマティックな評価 究極的状態の達成
旧システム 漸次的代替 破壊
政策 後戻りできる政策 最終状態への関与
速度 ゆっくり 速い
実験 小規模 大規模
信頼するもの 経験 設計
焦点 市場プロセス 市場産品
体制 二重経済 単一自由市場構造

第438夜 - 郷鎮企業の存在

中国経済成長の牽引車に挙げられるのは、外資企業ともう一つ、「社隊企業」を引き継いだ郷鎮企業です。社隊企業というのは、人民公社や生産大隊が経営した企業でした。下記の資料は郷鎮企業(市町村所有)のシェアを示しています。

国有部門の比重と郷鎮企業の比率%

工業総生産
固定資本投資
就業者(1)
就業者(2)
郷鎮企業就業者比率*
1978
77.6
78.3
18.6
7.0
1980
76.0
81.9
76.2
18.9
7.1
1985
64.9
66.1
70.2
18.0
14.0
1990
54.6
66.1
62.3
16.2
14.5
1995
34.0
54.4
59.0
16.6
18.9
1996
28.5
52.5
56.7
16.3
19.6

*就業者(1)は都市従業員に占める比率、就業者(2)は全就業者数に占める比率を指す。

(資料:中兼和津次『中国経済発展論』p.242)

郷鎮企業のような非国有部門が多数参加していることが中国の体制移行戦略成功の一因と言われています。郷鎮企業は、産業構造の変化について行きやすかった。最初から市場経済に投げ込まれたのです。中兼氏のいう「事実上の私有化」を生み出しました。けれども、企業規模を見ると、大企業は依然として国有部門がほとんどであります。中国が大型国有企業の維持にこだわるのは、社会主義の最後の砦の一つ、すなわち公有制が主体であるからなのです。
華やかな発展を喧伝する沿岸経済特区に比べて確かに郷鎮企業は地味な存在かもしれません。しかし沿岸と内奥地区の均衡のとれた発展が、長期的な中国政治経済の鍵を握っていると「ハテナ」は考えています。

第439夜 - 中国体制移行の成功と問題点

これまで中国の発展の経過についてさまざまな見解が述べられてきましたが、その主な説を以下にまとめてみましょう。カッコ内は夫々の主張者です。

【成功の秘密】

・意図せざる改革の積み重ね(Naughton)
・農業部門での過剰労働力(J.Sach=W.T.Woo)
・外資と並んで郷鎮企業のような非国有部門が多数参加
・市場マインドの強さ・・・中国人=華僑=商人の伝統→「市場の精神」は社会主義中国になっても消えることはなかった
・農業改革から着手するなど政治改革よりも経済改革を優先
・体制移行は必然的に漸進主義的
・毛沢東時代の地方分権制という遺産

【問題点】
・「法による統治」の不備→腐敗と犯罪を生み出す
・「痛みの伴う改革の先送り」→既得権益をなるべく侵さないような妥協的方法
・社会主義=公有制というイデオロギー的制約が残存

第440夜 - 中国経済の展望

中国は、建国100年の2050年に一人当りの経済水準で中進国の発展水準に追いつくことを目標としています。13億の人口を有する中国は近代の歴史には見られない大規模のものであれば、もはやキャッチアップ型工業化論では説明できない極めて長期かつ幅広い開発論となりましょう。中国の開発を沿岸部の外資を中心とした市場経済に限定することなく、郷鎮企業に見られるような内陸部の開発をどう遂行するかが注目されるところです。さらにもう一つの問題は、中国独自の移行体制です。すなわち、計画から市場への移行が完全に浸透するとは思えないのです。むしろ計画と市場の共存体制への壮大な実験と見るべきでありましょう。移行経済学という新しい分野が登場してくることになりましょう。その点から見れば最後に残る課題は所有制度、つまり私有制という資本主義本来の特質をどうクリアすることができるかどうかにかかって来るといえましょう。

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