前夜からの続き

第491夜から第495夜まで

第491夜 - 万国の老人よ団結せよ

これは有名な『共産党宣言』(1848年)のなかでの「万国の労働者よ団結せよ!」をもじったものです。これを本歌取りしたのはなんと脳科学者・解剖学者の養老孟司さんです。養老さんは、そのエッセイのなかで「日本の将来」と題し、歯切れのいい調子で次のように書いています。

「日本の将来なんか、俺には関係ない。そういうことは、若い人が考えればいい。若い人なら、将来とは自分に関わることだから、きっと熱心に考えるだろう。そう思っているのに、私より若い人が日本の将来を訊いてくる。ものの順序が、はじめからおかしい。・・・」

まるで、漱石の『坊ちゃん』のような啖呵で皮肉って、さらに筆を進めます。

「国民がすべて、経済的中流になってしまえば、プロレタリアとはすなわち、時間という財産を欠く老人たちである。革命の担い手がプロレタリアとすれば、将来の革命は老人が起こすことになる。万国の老人よ団結せよ。諸君はもはや些少の年金のほかに失うべきなにものをも持たない。・・・」

ナールホド?年金生活を送る多くの老人は、プロレタリアなんですね。でも革命を起すほどの老人力はなし、養老先生だけがひとり気張ってもそれは無理なんではないでしょうか。

(参照: 養老孟司『続・涼しい脳味噌』 文春文庫 p.78-79)

第492夜 - 鐙(あぶみ

歴史、特に戦いの歴史には、今日では常識化されている事柄が意外にそうでなかったという事例が少なくありません。その例の一つに「鐙」(あぶみ)があります。ローマとカルタゴの戦史のなかで活躍する騎兵隊の馬には鐙というものが発明されていなかったのです。この戦史はハンニバル戦記として有名なポエニ戦役(第一次:紀元前264〜219年、第二次:同219〜206年ほか)に用いられた騎兵隊の馬が活躍します。なるほどローマ軍の伝統は重装歩兵軍団ではありました。当時のローマには、馬の産地が少なかったのもその一因であったとされます。ところが、科学に秀でたギリシア人も、建築や下水道に長けた工学を持つローマ人も、馬につける鐙というものを考え出さなかったのは不思議なことです。古代の騎士たちは、簡単な鞍(くら)を置いただけで、両足は支えなく下げたままでした。けれども騎乗しながら矢を射たり槍で突き刺したりするには馬の上で踏ん張らなければなりません。鐙がないために両足で馬腹を強く締め付けて戦っていました。
鐙が普及するのは、何と紀元後の11世紀になってからだそうです。中世で騎士道精神のように騎士が華となったのは鐙のお蔭であったとも言われています。わたしたちは、映画やテレビで古代の戦さを観ていますが、実はここに登場するような派手な鐙は当時には生まれてなかったのが本当のようです。そういえば馬の蹄もかなり後の時代になってから使用されたようです。

(参考:塩野七生『ローマ人の物語』第4分冊、ハンニバル戦記など)

第493夜 - 計算の単位としての数

モーガンという学者の『貨幣金融史』をひもときますと、次のような数の概念が記述されています。

数の概念は、人間または動物のからだの部分に関連して生じたように思われる。数字の「2」をあらわす言葉は、チベット人の翼をあらわす言葉から来ている。一方〔2をあらわすのに〕中国人は「耳」を、ホッテントット人は「手」を用いる。指で数を数えることは有史以前にさかのぼる。そしてギリシア人は最初は5進法を、それから10進法を採用した。男の所有する牛、羊、山羊、妻、奴隷を数え上げることが社会における彼の権力と地位を表示した。
とはいえ、計算は、・・・より緻密な目的のために役に立つ。生活の多くの局面においてそれはすべての合理的な行動の基礎であり、まさに、「合理的」という言葉はラテン語のラティオ(ratio)、すなわち計算に由来する。

(参照:E・ビクター・モーガン『貨幣金融史』 p.28)

第494夜 - 保守と進歩

冷戦体制の下では、社会主義の側につくのが左翼、進歩であり、アメリカにつくのが保守であるという構図が定着していました。ところがソ連の崩壊によって冷戦構造が解体され、さらにイラク戦争が起こってからは、これまでの進歩と保守という対立軸や考え方に大きな変化が起きています。
もともとアメリカは独立戦争以来、イギリスの保守主義から独立した進歩主義の建国精神に発しています。自由と自立を目指して独立した国ですからヨーロッパ的な保守の考え方とはそもそも異なっているわけです。アメリカは個人の自由ということに大きな価値観を持っているのです。これに対して本来の保守主義とは、それぞれの社会の伝統や習慣を尊重するという立場にあります。
そう考えてみますと、イラク戦争を支持する立場と反対する立場に奇妙なねじれ現象が生じてきます。アメリカの主張するリベラリズムやデモクラシーを普遍化しようとしてイラクの民主化を押しすすめるのがアメリカの正義、価値観なのです。この立場は保守というよりむしろ進歩の考え方に立っています。もし保守主義の立場であればイラクの伝統や習慣を尊重するはずです。イスラム社会ではイスラムの神にたいして自分の人生を捧げるのが正義なのです。だから一口にグローバル・スタンダードに立つ施策はなかなか難しいのです。むしろ保守主義を前提にしたほうが、対立は緩和され衝突が避けられる可能性の方が高いとも考えられましょう。ところがそのアメリカが保守であると見なすところに、ねじれ現象が生ずるのです。自由、民主主義の普遍性は、これらの価値を絶対化したら一種の原理主義になって保守主義とは対立しますし、イスラムの原理主義とも対立してしまうことになりましょう。
世界の抑圧された人々を解放することがアメリカの「リベラル・デモクラシーの普遍化」という使命感ですが、この思想は、進歩主義的な思想なのです。こう考えればいったいアメリカは保守の国なのか進歩の国なのかいったいどちらか、という思想の混乱が生じてきてしまいます。
イギリスやヨーロッパに伝統的に根付いている保守主義を今一度見習う必要がある、というのが「ハテナ」の考えです。

(参考:佐伯啓思『学問の力』)

第495夜 - 不換銀行券は債務か?

今日中央銀行が発行する銀行券は不換銀行券であることを誰もが知っています。この不換銀行券は何らかの実体を持たずにそれ自身で貨幣として機能しています。わたくしたちがこの銀行券を所有したときには、わたくしたちは中央銀行に対する債券をもっているのだと認識します。ところがわたくしたちがこの銀行券をもって中央銀行に債務の履行を迫ったらどうなるでしょうか。中央銀行はなにも返済してくれませんね。もし中央銀行が返済できるとしたらそれは銀行券しかありません。その銀行券はわたくしたちが現に所有している銀行券なのですから、銀行券をもって銀行券を返済するという奇妙なことになります。そこで結局は不換銀行券の発行によって、中央銀行は、債務を負うわけではないことになります。なのに中央銀行の貸借対照表の負債項目に銀行券が計上されているのはな〜ぜ?

(参考:大澤真幸『資本主義のパラドックス』)

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