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前夜からの続き

第126夜から第130夜まで

第126夜 - 伝記こそ本当の歴史か

英国の大宰相であったディズレリーは、歴史など読むべきではない。但し、伝記を除いては。と言っています。それは伝記だけが理論を含まない、唯一のまともな歴史だからだそうです。でもこれは英国人の一流のレトリック、あるいは皮肉、ジョークでしょう。なぜならば、「ハテナ」には伝記こそみずからを飾っているのではなかろうか、とお返ししたいところです。自分史を書こうとすれば、善意にせよ悪意にせよ、それは記したいところはオーバー目に書き都合の悪いところは隠す、控えめに、或いは全く書かない、ということが人情というものだからです。そもそも客観的な歴史など書けるものではない、といってしまえば歴史にも書き手の価値観が入ります。ましてや伝記ともなればその書き手が本人自身(自伝となります)にせよ或いは伝記作家にせよ一つのレンズを通して見るといえそうです。したがってかの著名なディズレリーの上の言葉は「ハテナ」には通用しないのです。次夜話でその一例をお見せしましょう。

第127夜 -高橋是清は奴隷だったか?

日本での3大伝記といえば、福翁自伝、是清自伝、自叙伝(河上肇)と答えが返ってきましょう。その中の是清自伝の誤りをお伝えしましょう。もちろん一部の誤りです。この本は疑いもなくすぐれた自伝ではありますが、第一に、それは第三者の口述筆記になるもので、高橋是清が直接筆をとって書いたものではありません。口述を記録したものですから本人が面白がってわざとオーバーに伝えたところもあると「ハテナ博士」は多少割り引いて見なければならないと思うのです。それは是清が若い頃アメリカへ渡って悪い奴にだまされて奴隷として売られてしまった、というお話。しかし本当は奴隷(slave)ではなくて、年季奉公人(indentured servant)として働いていたのです。奴隷にはもちろん自由がありません。年季奉公人はある期間のお務めが終われば解放されます。大きな違いですね。自伝では、自分は奴隷として売られた、というお話ですが、これはオーバーな言い方で多分読者をびっくりさせるための誇張だと「ハテナ」は思っています。

第128夜 - 国を滅ぼす要因は?

大国が衰退するとき、そこには必ず精神的な活力の衰えが見出される、と説くのは中西輝政氏です。氏はある歴史家の次の言葉を引用しています。

偉大な国家を滅ぼすものは、けっして外面的な要因ではない。それは何よりも人間の心のなか、そしてその反映たる社会の風潮によって滅びるのである。

しかし一個人の心では必ずしも国の精神状況を表すものではありません。国というものが一つの意思をもった有機体であると考えれば、それは何よりもその国の 指導的な階層(ガバニング・エリート )をなす人びとの心であり、その階層の精神活力に関わると中西氏は見て、この観点から英国衰亡の歴史に鋭く迫っていきます。本著の全貌を記すわけにはいきませんが、二、三のエピソードを交えつつ次の夜でお伝えしていきましょう。

(中西輝政:大英帝国衰亡史より)

第129夜 - ノブレス・オブリージ

「高貴な者には人民に奉仕する義務がある」という余りにも有名なこのノブレス・オブリージ(noblesse oblige)という言葉が、国家を指導する階層(エリート)の存在を浮き彫りにしています。繁栄するどの大国においても、こうしたエリートの有能さと、階層としての活力、さらに民衆のそれに対する揺るがぬ信頼感があるもので、とりわけはっきりと英国に存在した、と中西氏は指摘します。大英帝国を支えた貴族たちの能力と富、そのなかでもその自信と活力には目を見張るものがありました。もともとこのノブレス・オブリージという言葉はアメリカ人が作ったものです。英国にはそんな言葉で敢えててらわなくともよかった、それほどの自信と秘めたる強い精神力を持っていたといえましょうか。

(中西輝政:大英帝国衰亡史より)

第130夜 - イギリス貴族の使命感

引き続きもう少し中西先生の著書から面白いエピソードをお伝えしましょう。それは1850年代に外務大臣を長く務めたクラレンドンという人のお話しです。この当時の大臣はほとんど秘書を持っていず、それでクラレンドン伯爵は60歳に近い年齢で一日16時間の執務を5年間にわたって続けたというからえらい!69歳にしてパリ大使の任を帯びた頃の日記にこんな凄いことが記されているのです。

「今年はアリストテレスの作品をギリシャ語で十数冊読んだ。始めたばかりのペルシャ語では2万4千の単語を暗記できた。ただし、そのうち8千は完璧で1万2千くらいはしっかりと暗記できているのだが、残りの4千はウロ覚えだから感心しない」。

(中西輝政:大英帝国衰亡史より)

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