前夜からの続き
第46夜から第50夜まで

第46夜 - キツイお灸

クルーグマンは末尾に掲げた本のなかで、こんなジョークを飛ばしています。
私は素晴らしい儲け話を思いついた。まず、私の友人である億万長者の投機家にマイクロソフト株に対して密かにカラ売りを仕掛けてもらう。それからビル・ゲイツが、ハーレ・クリシュナとかその類の新興宗教に傾倒したという噂を広める。するとマイクロソフト株は売り浴びせれれ、ドッカーン!我々は何億ドルも儲けるというわけである。

急いでクルーグマンも断っているように、そんなことをしたら刑務所に入れられるでしょう。だが・・・一国がたとえば小国にたいして同様なことをしたらどうなるかとクルーグマンは設定を変えます。小さな国でカラ売りを仕掛けるのです。そしてその国の通貨を外国市場で売り浴びせ、通貨を大幅に下落させるのです。そうするとそれに対抗して中央銀行は金利を上げねばなりません。株は急落してしまいます。そのおかげで当分贅沢ができる、と。このお話し、何かアジアの通貨危機に似ていませんか?ソロスという人を思い出すかもしれませんね。もしアジアの国が自由放任政策をとっていれば、そのようになりましょう。でもアジアの金融当局や政府はそれを知って敢然として規制を強化し、取り締まろうとしました。だが、一体誰を捕まえればよいのでしょうか。先の例では犯人は歴然としておりしたがって簡単に捕まえることができるでしょう。当事者が国と国とである場合には、解決法は見つかっていないのです。一国で規制が必要悪とはいえそうせざるを得ないと見るのがハテナ博士の心情です。

(再々クルーグマンの前掲書より)

第47夜 -ケインズの成績

ノーベル賞物理学部門で授賞された小柴昌俊東京大学名誉教授は、授賞当時マスコミに答えて自分の大学時代はガリ勉タイプでなかったとして当時の成績表を公開した記事が載っておりました。

では経済学での英才ジョン・メイナード・ケインズの成績はどうだったのでしょう。学業成績ではなく彼がインド省へ入ったときの得点表について、本人のケインズが友人のリットン・ストレイチーへ宛てた手紙にて知ることができます。彼はこう認めております。

私の得点表が到着し、それは私を憤慨させた。本当の知識は、成功のためには全くの障害であるようだ。私が確実な知識を持っているわずか二つの科目ー数学と経済学ーで、私は最低の成績を取った。友よ、数学より英国史のほうが点が良かったのだー信じられるか?経済学の成績順位は低く、それは8位か9位〔実際には7位だった〕だったー私はどちらかの科目の試験についても、出題内容のすべてを実に精密に知っていたのだが。一方、全体でも2週間しか勉強に費やさなかった政治学では、私は楽に第1位の成績を取った。論理学と心理学と作文でも私は一番だった。

こうなるとどっちが受験者でどっちが試験官か判らなくなってしまいますよね。因みに総得点は6000点満点中3498点で第2席を獲得したという。(参考までに1位は3917点)。そのなかでケインズが最低点を取った科目はなんと経済学で600点満点中の256点でした。

しかしハテナ博士にとっては気になるのです。当時の英国(ケインズは1883年に生まれ1946年に没しました)の試験は難し過ぎるよ、と。6000点満点を100満点に換算するとケインズの成績は58.3点で日本の大学では落第点ではないの?

(参考書:スキデルスキー『ジョン・メイナード・ケインズ I 』裏切られた期待1883-1920年より)

第48夜 -乗っ取り

大分古い小説ですが(ハテナ博士のお年がバレル?)、表題のとおりの企業小説があります。決して上品な小説とはいえませんが、その中の次のような会話が面白い。登場人物や物語のシチュエーション一切を省いておりますが、それは気にしない気にしない。

「キング工業とそのコンピュータの販売会社の二つはね、合体すればおたがいが抱えている問題を解消できるものと考えたんだ。ところが実際には問題は解消するどころか、合併によってますます複雑になってしまった。まさに協同効果(サイナーシズム)の反対の典型的な例だよ」・・・・・・「おい、おい、ジェシカ、そう興奮するような言葉じゃないぞ。医学用語でね、これは。二種、あるいは三種以上の薬を服用すると、単独で飲んだ場合より、薬物効果が高まることをさす言葉だ。わかるかい?」ジェシカはうなずく。「それが最近ではビジネス用語にも使われるようになったんだ。つまり2+2=5になるという具合に」・・・・・・

「ハーヴァード・ビジネス・スクール出身のような連中がつかう意味では、ある企業ーつまり2の力をもつ企業ーと別の企業ーこれも2のちからをもつ企業ーとを合併し、その呪文<サイナーシズム>を唱えれば、5が現われてくるというわけさ。率直に言うなら、こいつは嘘もいいとこだが、ウオール街の連中はこの呪文とこの考え方がすごく気に入ったんだね。だから、やたらに<協同効果>(サイナージズム>を狙って、企業の合併がふえている・・・・・・」「それでキング工業みたいに暗礁に乗りあげてしまう」「そのとおり。キング工業の場合、2+2が結果的には1と1/2か、あるいはそれ以下にしかならなかった。・・・・・・」

どこかでそのとおりになってしまった事例を思い出しませんか?

(J.R.ジョンソン『乗っ取り 上』より)

第49夜 - 経済学の先人に学ぶ

わが国に経済学を早くから導入した先達に、田口卯吉(1855〜1905年)という大変開明的なエコノミストがいました。わが国初めて、といえる本格的な恐慌が起こったのは、明治23年(1890年)でした。その前には企業の投機熱が盛んとなっていました。田口卯吉は、すでに恐慌の発生する3年前の明治20年(1887年)に、以下のような警告を発しています。ずいぶん古い文体ですがそのまま掲げておきましょう。

・・・唯々余は此の際泡沫会社の創立と其破裂とを恐る者也。呉々も世の株主諸君に忠告す、決して泡沫会社に同意することなからんことを。呉々も世の銀行者に忠告す、決して泡沫会社に貸付くるなからんことを。何となれば今日は信用の最も発達したる時にして、泡沫会社の破産は以て之をして破産せしむるに足り、一銀行の破産は其害を全銀行に及ぼすべければなり。

それから約100年後に生じた今日のバブル期に果たしてこのような先人の警告はあったでしょうか。みんな皆バブルに踊らされていたといえるでしょう。わが国にもこのような優れた識見を持った人がいたのです。それらの先達に耳を傾ける者は殆ど皆無に近かったのではないでしょうか?

次の夜はこのような忘れられた歴史の教訓を皮肉を込めて批判するガルブレイスのご意見を伺いましょう。

第50夜 - 歴史は忘れっぽい?

前夜に引き続いて金融バブルのお話。ガルブレイス先生は、『バブルの物語』や『マネー:その歴史と展開』などの著作で、

金融の世界ぐらい、歴史というものがひどく無視されるものはない。

とも、また金融の歴史くらい忘れっぽいものはない、と言います。金融市場の脆弱性を痛感する今日、過去の歴史に学ぶことが何より必要なのではないでしょうか。

「ハテナ博士」は、ガルブレイスの膨大な著作のなかで、何と言っても『大恐慌』(確か処女作だったかしら)が好きです。その本の末尾(結論)でこんな言葉を残して結んでいます。併せてご参考にしてくだされば幸いです。

事態がきわめて悪い方向に向かっていることを知っているものに、事態は根本的には健全であると言わせる’何かがあると。

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