ケインズ伝(John Maynard Keynes, 1883〜1946年)の定番は何といってもR.F.ハロッドの『ケインズ伝』でありましょう。その端正な文体は、ケインズの高弟、ハロッドならではの名文で、次のような書き出しから始まります。
ジョン・メイナード・ケインズは1883年6月5日、ハーヴェイ・ロード(Harvey Road)6番地、静かなケンブリッジの街中のどっしりした広大なヴィクトリア王朝風の家で生まれた。・・・・・・思想と実際問題の諸領域にわたる彼の活動的な、そして時には、疾風怒濤のような全生涯を通じて、彼は楽しい思い出に満ちたこの家へ、そして彼の愛する両親のもとへ帰ることができた。・・・・・・彼はハーヴェイ・ロード6番地に深く根をおろしていたのであって、そこは彼をはぐくんだ文化の安定した価値を具体的に表現していた。
永らくこの著はケインズの伝記を知るうえに欠かせない最高の地位を占めていました。ところがどうもハロッドはケインズの名誉を重んじたため、余り知られたくないケインズの一面を意識的に省いたため、伝記としての正確な叙述になっていないという声が聞かれるようになりました。けれどもケインズとハロッドの名声を汚すのを恐れたためか、ケインズの隠れた側面を知っていながら長く表に出ることはなかったのです。
ところがこの言わば恥部とも言うべきケインズのもう一つの顔を極めて鋭く衝き、ケインズを余すところなく描ききった一人の学者があらわれました。それが、スキデルスキーという人でした。
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