明治42年(1909)に金 剛経を信仰する浜地八郎という方が、静岡県にあった祐昌寺をこの地に移し、永平寺貫主日置維室(黙仙禅師)に開山してもらった寺で、本堂に本尊として釈迦牟尼仏を安置している。
大船観音への参道の北隣に、参道階段がある。門前には、「無我相山」「金剛経道場黙仙寺」の石柱が建っている。石段の左手には「十三層の多層塔がある。
鬱蒼とした木々に囲まれた石段を上ると、社務所、庫裡、地蔵堂、霊堂兼文庫、石碑などがあり、本堂は石段を上りつめた山頂の平地に建っている。背後の山を無我相山といい、山号もその名からつけられた。本堂裏手の墓地の一角に開山から四世までの墓がある。二世住持の高階瓏仙(永平寺貫主)は 大船観音の完成に中心的な役割を果たした。
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