ヒトゲノムとは、ヒト(人間)を形づくるために必要な遺伝情報の1組のことで、デオキシリボ核酸(DNA)上に塩基配列の形でおさめられており、その塩基数は全部で31億6000万あるといわれている(エンカルタ総合大百科より)。そしてこの数の解明に向かって研究が続けられています。さて、ヒトゲノムは人間の道徳的な特質まで解明できるか、という問題が当然にして生じてきます。ある論評は以下のように否定的であります。
ヒトゲノム解析計画は、人類の完全な遺伝学的青写真を提示して、たんにふたりの人どうしの相違点だけでなく、人間と人間以外の他の生物世界の成員とのあいだに潜む奥深い類似点をも明るみに出していく。しかしながら、結局のところ、そうした努力にもかかわらず、[ヒトゲノム解析計画が提起する課題は]・・・・・・われわれ自身の道徳的価値についての認識を・・・・・・人間が還元不可能な道徳的価値を保有していることを再定義することである。
どうやら、この論議を引用するギデンズは、人間の価値を遺伝子操作で変えたりより高い価値に組み替えることには反対なのでしょう。ギデンズは例えば中絶の例をとって、中絶は、胎児に備わる潜在的な創造能力の成就を拒否する、として、「価値があると思われているのは、生存することそれ自体ではなく、一個人がどのような生き方を享受できるかである」と述べています。
「ハテナ」もそのとおりであると考えますが、しかしこれだけ科学が発達してきますと、近未来での人類の誕生は恐ろしい遺伝子操作に影響されそうにも思われるのです。
(参考:アンソニー・ギデンズ『左派右派を超えて』 p.275-6.より)
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