前夜からの続き

第61夜から第65夜まで

第61夜 -ゲーム理論はジャンケンポンから

P今経済学の分野で大流行なのがゲームの理論なんであります。ところが「ハテナ博士」にはとんと通じぬことばかりじゃ。そこでジャンケンの勝ち方(?)を伝授しよう。ジャンケンの最も常套的な作戦は、グー、チョキ、パーをそれぞれ3分の1の確率で出すことじゃ。例えば、相手がグーを出すことは滅多にないことが判ったとしよう。つまりチョキかパーしか出さない。そこであなたはチョキを出す。とすればあなたは勝ちかアイコになる。したがってあなたは負けることはない。でも相手がグーを出さないという情報は得られないし確実でもない。だからグー、チョキ、パーを等しい確率で出す、というのが「ゲーム理論の基本定理」なのであるのじゃ。???

次夜はもう少しくわしくお話しましょう。

第62夜 - 弱者が強者に勝つ

かけひきや頭脳プレイを研究するのがゲーム理論です。これは古来伝統の「兵法」に似ています。例えば、桶狭間の戦いにおいて少数の織田信長軍が大軍の今川義元軍を破るにはどうするか?などに生かされましょう。ホントにそうなの?もちろんゲームの理論を使えば誰でもが勝つと言っているのではありません。状況の設定や前提のもとに戦略を進める考え方を示すものなのです。いわば、弱者が強者に勝つには、という問題を考えることでもあるわけです。ではどのようにして?少し長くなるので次の夜話にとって置きましょう。

第63夜 -IT産業における「ムーアの法則」

iいま、1年半でコンピュータの価格性能比が2倍になると、設定しましょう。そうすると、
3年で4倍
(2×2)
6年で16倍
(2×2×2×2)

となり、およそ「5年で10倍」と考えてよいでしょう。したがって、5年前の100億円のコンピュータ関連の設備は現在10億円の新事業収入と等しくなってしまいます。5年前の企業は100億円の設備投資負担を十分に回収して利益を出さなければ、5年後の新興企業に負けてしまいます。そのほかにも人件費など高齢化して若い人を雇える新しい企業の方が有利となるでしょう。こういう風に考えるのがゲームの理論的な発想なのです。

(参考:逢沢明『ゲーム理論トレーニング』あなたの頭を「勝負頭脳」に切り換える)

第64夜 - ゼロ和ゲームとは

誰かが勝つと誰かが負けるというゲームのことを「ゼロ和ゲーム」といいます。和がゼロということです。レスター・サローという経済学者は、1980年に『ゼロ・サム社会』という本を書いてベストセラーとなりました。市場が飽和状態にあるときは、新規参入企業が現われますと既存の大手企業の売り上げが喰われてしまうことになります。だが、マージャンなどと違って(マージャンは永久にゼロ・サムゲームです)市場は完全に飽和状態にあるわけではないのです。だから例えば今のデフレは市場が満杯だから(つまりゼロ・サムだから)要は勝つか負けるかだ!とか、さあこれからは大変だ!とあおるサローのような議論に「ハテナ博士」は首をかしげるのです(例えばサローの「大接戦」というような言葉にはついていけません)。何故なら勝ち組は誇らしげにいばり散らかして、或いはもう少しエレガントに言えば勝ち組は成果を謙虚に誇る、というのに対して負け組みはしょんぼりすごすごとリアイアせざるを得ない、とうような社会はどこかがおかしいと思うからです。そもそも「勝ち組」「負け組」などという分類は一体誰が考え出したの?

第65夜 - ゲーム理論の創始者

ジョン・フォン・ノイマン(1903-57年)です。ノイマンは20世紀のダビンチと言われました。どこかで出ていたぞ?そうそう、第5夜で紹介しましたよね。23歳のとき(1926年)にゲーム理論に関する最初の論文を発表しました。そのときは「社交遊戯の理論」(ゲゼルシャフツシュピール;シュピールは遊びの意味のドイツ語です。エッヘン!)とも「室内遊戯の理論」(パーラー・ゲーム)というヘンテコな名前(そしてヘンテコな訳)で呼ばれました。この最初の理論は1944年にオスカー・モルゲンシュテルンという経済学者との共著で、『ゲームの理論と経済理論』という大著となって現われたのです。

(参考:逢沢明『ゲーム理論トレーニング』より)

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